【僕にとっての狩猟】

Category : 雑記:個人的見解等の備考

お金を払うことで食料を手にすることが出来るこの時代。
自らの手で動植物の命を奪い食を獲ることは残酷という考え方もあるでしょう。

しかしながら個人的には「命を奪う」という行為を自ら行うか行わないかだけの違いだと思います。
市販されているお肉だって、誰かが命を奪い解体しパッケージしたものであるわけです。

「命を奪うことに抵抗があるので野菜しか食べない」
そういう考え方の人もいらっしゃることでしょう。
しかし数々の命が奪われた上で、野菜が育つという現実がそこにはあります。

野菜を育てる上で、害虫や害獣を駆除するといったことも必要になってきます。
そう、野菜ひとつとっても、育てる過程において必ずと言って良いほど犠牲は生じるわけです。
虫食いだらけのキャベツを誰が買います?

魚だからいい、虫だからいい、哺乳類だからダメ。
そういった考えは否定しません。
人は誰もが命の線引きをしており、その基準がどこにあるのか?というものです。
ただ現実を見ようとせず、または知らないクセに、正義感を押し付けるのは反対。

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初めて仕留めたのは鹿でした。
いざ剣鉈を握り締め止め刺しを行おうとした時、ものすごい罪悪感に包まれました。
止め刺しをした後、しばらく呆然としていたのを今でも鮮明に覚えています。

捕獲した獲物は素早く解体し、新鮮なうちに肉へと加工します。
狩猟をすることでどうやって肉が食卓へと並ぶのかを学びました。

生きるという事は、何かしらの犠牲の上に成り立っているということを再認識させられましたね。
東京で平穏に暮らしていたら、知らなかったことが山のように見えてきます。

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鹿の毛皮を自分でなめし、毛鉤の材料として利用する。
肉だけではなく獣毛や鳥羽だって、ありがたい恵みであります。
仕事がら毛鉤を巻いたり、毛鉤の材料を売っていますから、僕にはありがたい産物です。

僕にとって狩猟とは生活の一部です。
いずれ有害鳥獣駆除班に入ることになりそうですから、一年を通して狩猟と向き合うでしょう。

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2013年の狩猟期も、あと一ヵ月半で始まります。

命を奪う行為を正当化するつもりも、美談や綺麗ごとを並べるつもりは毛頭ございません。

現状は、自分の都合で、ただ生きていく上で鳥獣の命を奪い、それを糧にしている。
何が正しく、何が誤りなのかは僕には分かりません。

ひとつハッキリしているのは、食材の食べ残しを出すと言うことが最も残酷な行為だということ。
奪った命に対して軽率な行為だけは決してしてはならない。

多分、一生悩むことだろうなって思います。

生きる為に命を奪ったことをこの胸に刻むとともに自然の恵みに最大限の感謝を
そして願わくば奪った命が再び舞い降りるならば望む姿に生まれることを

止め刺しを行った際、僕が口にする言葉です。
いつも獲物に対してそう思うのは本音です。
こうやって少しでも気を楽にさせてるだけかもしれませんが。




テーマ: 狩猟・ハンティング
ジャンル: 趣味・実用

プロフィール

牧 浩之

Author:牧 浩之
・職業:猟師・西洋毛鉤釣職人
 
・狩猟の獲物は余すことなくできるだけ利用。羽や毛皮は仮剥製およびなめし加工をして、毛鉤用素材として販売しています。

・当ブログはリンクフリーですが、記事の引用等は無断転載はお断りしております。転載などありましたら一言いただけると嬉しいです。
 
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